HOME > イベント情報 > MONO第36回公演「床下のほら吹き男」

北九州芸術劇場プロデュース「風街」2009年2月4日(水)に記者会見が行われました 

 
画像:2月4日(水)記者会見風景
 
   
 
東 憲司『風街』作・演出/「劇団桟敷童子」主宰) 能祖 将夫(北九州芸術劇場プロデューサー)
 

 

はじめに

能祖:この劇場は「創る」「育つ」「観る」というミッションに基づいて運営しておりまして、これまで「創る」の部分をいろいろな形で行ってまいりました。様々な作り方がある中で、昨年の「青春の門 放浪篇」の後、あらかじめ狙った部分と終わってから気付いた部分を含め、つくり方を検証した結果、この試みには5つほど特長があると思っています。

 

一つは北九州に何かしら関係のある素材―物語だったり主人公だったりモチーフだったり―であること。

二つ目は第一線の演出家の方に来ていただいて、稽古の頭から公演終了までずっと滞在していただいて作品をつくる、所謂アーティスト・イン・レジデンスの形を取っていること。

三つ目が北九州・福岡で活躍する役者が中心になっていること。役者はオーディション形式で選ばれますし、もちろんそれ以外にも東京から何人かお呼びしますが、大半は北九州・福岡の人材になります。

四つ目は舞台・照明・音響などのテクニカルワークは北九州芸術劇場がメインを担っていくこと。公共ホールでそうしたことができる所は少ないので、うちが自慢してよい所だと思います。

五つ目は、東京公演を行うことで東京に向けて発信していくという点。

 

今回もこうした特長を引継ぎまして、「風街」という作品を東さんにお願いしました。 東さんは福岡県の宗像のご出身です。九州北部出身の東さんが、九州北部の架空のとある街での出来事を描いていくというのを今回の芯にしてあります。ご自身の生まれ育った街をイメージしながら作品をつくっていくというのが大きな特長だと思います。

 

東:僕は東京でもう20年くらい芝居をやっていますが、今回、北九州芸術劇場の芝居を創る誠意や愛情をひしひしと感じています。こういったシステム自体東京ではあまりないですし、全国でもすごく珍しいことだと思います。この前の「青春の門」も大きな成果を残されたと思いますし、僕にとってもこういったチャンスはめったにないので、がんばらなければ、と思っています。

今回、福岡・北九州を含む九州北部を思わせる街ということで「風街」という題材を選びました。「帰って来ましたよ」という意味も込めて、少年時代からずっと見てきた北九州の風景といったものを描こうと思っています。

僕は60年代生まれなので、60年代を思わせる設定にしています。僕にとって北九州の一番の思い出というのは、社会科見学で皿倉山に登って工場地帯の煙を見たことなのですが、その時のものすごい圧倒感がずっと頭にこびりついていたので、それを背景に描こうと思っています。公害問題とか古墳とか、九州北部の文化を織り交ぜてはいますが、基本的には「風街」に暮らす二つの家族を中心に、やはり人間を描きたいな、と思っています。街が栄える一方でくすんできた人間性とか家族の関係を、最小限の形でみなさまにお届けできたらなと思っています。

 

今回の演出家に東さんを選ばれた理由は?

能祖:東さんにお願いした最大の理由は、僕が東さんの作品が好きだから、ということですね。とてもパワフルだしノスタルジックだし、叙情にあふれている所が好きなんです。過剰な叙情と僕は勝手に言っているんですけれども。そういう世界を北九州の役者やお客さんに体験して欲しいなと思い、お願いいたしました。

 

「風街」の物語の背景になっているのは、どのようなことでしょう?

東:歴史的にみて九州北部は大陸に近く、筑豊には石炭があり、明治時代から日本の近代化を支えてくる中でいろいろな弊害があったと思います。よくあるのはやはり筑豊の炭鉱労働者の問題、あと北九州工業地帯の八幡製鉄所。僕が宗像に住んでいた頃は、よく北九州から引っ越してくる友達がいたんですね。エネルギー革命で石炭が斜陽になり、鉄もどんどん寂れて鉄冷えの街になって、仕事がなくなって北九州から引っ越してきた家族をたくさん見てきました。それをこの機会に描いてみたいなと思いました。

 

今回地元の若手の方がたくさん出演されていますが、稽古の感触はどうですか?

東:みんなすごい演劇に飢えている、という言い方はおかしいかもしれませんが、すごくキラキラ輝いていて、こちらも圧倒されながらやっています。そういう意味ではすごく刺激的ですね。やはりこの企画のために集めた人間ですので、それぞれに個性、経験、土壌も違います。そうした人たちをまとめて群集劇を作る時に、寄せ集めのチームではなく、本当に一つのカンパニーとしてどこまでできるかが自分にとっての勝負だと思っています。

 

東さんの作品では、いつも独特の博多弁のような福岡弁のような言葉が使われますが、今回もそういった感じなんでしょうか。

東:そうですね。でもせっかく北九州の人たちがたくさんいるので、自分たちで語尾や方言は直してもいいことにしています。今までで一番ネイティブな人が多いので、福岡弁はダントツにうまいですよね。ただ住んでいる所によってこんなに違うんだな、と思うことも多いです。

 

今回のように地方に滞在して作品を製作した経験はありますか?

東:地方ではありませんが、「骨唄」という作品を韓国に5週間滞在して、韓国の役者さんとスタッフでやったことはあります。ただ、企画・台本の段階からは初めてです。

 

東京ではなく北九州に滞在してつくるというのはどういう感じですか?

東:言い方は悪いですけれど、監禁されたみたいで(笑)。ただ東京で稽古をするよりもこっちでやった方が、いつの間にか僕も北九州芸術劇場のスタッフみたいな感覚になっちゃって(笑)、ゼロからものをつくり上げようという気持ちになります。僕は外部で商業演劇もやりますが、そこではタレントさんがいてシステムも分業化されています。ここの場合は客の入りや、役者の健康状態のようなことまで気になっちゃって… そういう意味では、使い古されたいい方ではありますが、一つのカンパニーであるという、そのことを一番感じる集団ではありますね。そのような中にいて、僕も非常に光栄だし、役者もそうとう恵まれた環境にあるんだな、とひしひしと感じます。だからなおさら甘えちゃいけないんだな、と。

 

「風街」というタイトルに込められた意味は?

東:街のお話なので「街」というのは絶対入れたいというのがありました。「風」というのは、「故郷の風」とか「郷愁」といった思いがあって… 風イコール少年時代というか、僕自身の生き様みたいに勝手に思い込んでいるところがあって、そこから来ています。

 

東さんには「泥花」という、同じくこの地域を舞台とした作品がありますが、それと今回の作品との違いはありますか。

東:東:作家としては地域性とか社会性をどうしても入れたくなる所があります。「泥花」というのはまさに筑豊が舞台で、石炭の斜陽とか何とかを入れたりしています。今回も公害のこととか古墳とか、歴史のことはでますけれども、それらはあくまでも一つのエッセンスとして用い、どちらかというと人間関係、家族関係のことを重視して書こうと思っています。僕としては一番の大冒険なんですけれども。

能祖:そういう意味では、東さんのこれまでの作風とはちょっと違っておもしろいし、新鮮ですね。

 

なぜ人間に力を入れようと思われたんですか?

東:僕は筑豊や戦後といった歴史ものを書くことが多かったんですね。毎回大量の資料を調べて作品を書いてきたんですが、せっかく北九州でできるのだから、資料ではなくて自分の中にたまっているもの−友達から聞いたこと親戚から聞いたこと、おばあちゃんから聞いたこと−それだけに頼って書いてみよう、と思いました。僕は筑豊の全盛時代も戦後の時代も知らない人間なわけで、もちろんものすごく調べてはいますが、そういう意味では背伸びをせずに、ありのままで書いてみようかな、と。そう思ったのは、企画自体がここからでているというのが大きいと思います。

 

今回、いつも一緒にされている舞台美術家の方をお呼びになって直接美術プランを立てたそうですが、美術面でこだわりはありますか??

東:僕は美術にすごいこだわりを持っているんですが、今回は故郷でやるというのもあって、こけおどしではなくて、静かな街のお話を描こうというのがあります。常に灰か塵を大量に降らせて、幻想的な舞台にしようと思っています。とにかく「よう降るな〜」っていうくらいに塵を降らせようかな、と。普通は最後にどんっと出すんですけれども、今回は手の内を最初から見せてしまおうと思っています。それもちょっと冒険ですね。

 

作品を通して伝えたいメッセージをお願いします。

東:生きることとか人間の絆ですね。あと物語の内容だけでなく、北九州芸術劇場で福岡出身の僕が、北九州出身の若い人たちと一つのものに向かって熱いことをやっているというのを届けたいですね。それが自己満足にならずに本当に形として残すことが自分の使命だと思っています。

ちなみに、この作品は僕にとっては冒険尽くめなんですけれども、これまで避けていたことを一つやっています。僕の両親は二人とも教師なんです。お袋を見ていて、生半可な気持ちで教師のことを書いたらお袋に悪いなってずっと思っていたんですが、今回初めてお袋がモデルの女教師が登場します。この前お袋から電話がかかってきて「あんた学校の先生をモデルにしたとね」っていわれたんですよ。「いやいや、そんなに深く入り込んでないから」って伝えましたが。お袋はびびってましたけど(笑)。

それも個人的にはものすごい冒険です。

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